大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)804号 判決 1997年1月28日

上告人

木舘隆男

木舘裕次

右両名訴訟代理人弁護士

山田齊

被上告人

木舘貞夫

渡辺生コンクリート工業株式会社

右代表者代表取締役

鈴木毅

右両名訴訟代理人弁護士

田島二三夫

被上告人

遠藤朝子

久保昭吾

木田雪子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人山田齊の上告理由第一の一について

相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法八九一条五号所定の相続欠格者には当たらないものと解するのが相当である。けだし、同条五号の趣旨は遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにあるが(最高裁昭和五五年(オ)第五九六号同五六年四月三日第二小法廷判決・民集三五巻三号四三一頁参照)、遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、これを遺言に関する著しく不当な干渉行為ということはできず、このような行為をした者に相続人となる資格を失わせるという厳しい制裁を課することは、同条五号の趣旨に沿わないからである。

以上と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰するものであり、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官尾崎行信 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)

上告代理人山田齊の上告理由

第一 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一 原判決は、民法八九一条五号の解釈を誤った違法がある。

1 原判決は、民法八九一条五号の解釈について、同条同号は、相続法上有利になることを目的として又は不利になることを避けるのを目的として、相続に関する被相続人の遺言書を破棄し又は隠匿した者につき、制裁として、右被相続人について相続欠格事由としたものであるから、右破棄又は隠匿は、遺産取得に関し、不当に利得し、若しくは利得しようとの目的をもって又は不利益を免れ若しくは免れようとの目的をもって、遺言書であることを知って破棄又は隠匿したことを要するものと解すべきである、と判示する。

2 しかし、原判決の右判示は、次の理由により、民法八九一条五号の解釈を誤ったものといわなければならない。

(一) 第一に、民法八九一条五号の趣旨は、遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対し、相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとすることにあるものであるところ(最判昭和五六年四月三日民集三五巻三号四三一頁)、同条本文は、「左に掲げる者は、相続人となることができない。」と規定したうえ、同条同号は、「相続に関する被相続人の遺言書を破棄し又は隠匿した者」と規定するのみであって、原判決が判示する「相続法上有利になることを目的として又は不利になることを避けるのを目的として」という例外ないし目的を規定していない。従って、同法は、相続に関する被相続人の遺言書を破棄し又は隠匿した者は、その目的がいかなるものであるかを問うことなく、それらの行為をしたという事実だけで、遺言に関し著しく不当な干渉行為をした者として相続欠格とする趣旨と解すべきである。

(二)(ア) 第二に、民法八九一条五号の相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿する行為に対して、相続欠格という制裁を課す実質的・具体的な根拠は、それらの行為はいずれも、遺言者ないし被相続人の最終意思を歪曲する行為であるからであり、このような行為に相続欠格という制裁を課すことにより、このような行為がなされることを予防することを目的としている(高木多喜男教授・判例タイムズ四七二号一八四頁)。

相続に関する被相続人の最終意思の内容は、相続人や第三者の証言ではなく、法定の方式を具備した遺言書の存在のみによって客観的に明らかにされるところ(民法九六〇条、一〇二二条ないし一〇二四条)、相続人が遺言書を破棄し又は隠匿するという行為を行えば、遺言者の最終意思の内容を客観的に確定することは不可能又は著しく困難となる。従って、相続人による遺言書の破棄又は隠匿という行為は、それがどのような動機に出るものであったとしても、遺言者の最終意思を歪曲することになる。それゆえに、相続人が遺言書を破棄し又は隠匿した場合は、常に相続欠格とされなければならない。

(イ) 本件では、相続人である被控訴人貞夫が被相続人金七郎の遺言書を破棄し又は隠匿した結果、現在でもその遺言書の所在は不明である(後述の東京高裁と大阪高裁の事案では、遺言書が発見されている。)。従って、金七郎の遺言書が法定の方式を具備していたか否か、その遺言書には偽造、変造等の作為が加えられていたか否か、遺言書の内容がいかなる内容であったかなどという、遺言書の成立からその内容に至るまで、遺言者金七郎の最終意思を客観的に明らかにすることが不能となっている。従って、本件のように、相続人が遺言書を破棄し又は隠匿して最終口頭弁論期日に至るまでその所在が不明である場合は、遺言者の最終意思を著しく歪曲するものといわなければならず、このような相続人による遺言書の破棄又は隠匿は、遺言に関し著しく不当な干渉行為をしたものに該当することは明らかであって、常に相続欠格事由となるものというべきである。

(三) 第三に、原判決の判示は、二重の故意の理論といわれる所説であるところ、この理論を採用された判例として、東京高判昭四五・三・一七高民集二三巻二号九二頁及び大阪高判昭六一・一・一四判例時報一二一八号八一頁が指摘されることがある(新版注釈民法二六巻三〇六、三〇七頁)。

しかし、東京高裁の判決は、相続欠格を肯定しており、二重の故意の理論によらなければ説明できない判決とまではいえない(最高裁判例解説民事篇昭和五十六年度二一一頁)。また、大阪高裁の判決は、公正証書遺言等の隠匿の有無について問題とされているところ、同判決は、「本件遺言書は公正証書遺言であって、その原本は公証人役場に保管され、遺言書作成に当たって証人として立ち会いその存在を知っている坪倉弁護士が遺言執行者として指定されているのであるから、被控訴人において本件遺言書の存在を他の相続人に公表しないことをもって遺言書を妨げるような状態においたとはいい難い」旨判示していることから、この判決例も遺言書隠匿の事実自体を否定したものであって、遺言書の隠匿という点については、二重の故意の理論は傍論にすぎず、同理論によらなければ同一結論が導き出せない事案ではない。

3 原判決は、前記1の一般論を直接本件事案に適用し、その結果として、被控訴人貞夫が金七郎の遺言書を破棄し又は隠匿したものと認められるが、被控訴人貞夫の行為は、民法八九一条五号にいう被相続人の遺言書を破棄し又は隠匿した者に当たるとはいえないという結論を導き出し、被控訴人貞夫について相続欠格事由なしと認定したものである(一一頁ないし一五頁)。

従って、原判決は、民法八九一条五号の解釈を誤ったものであり、この法令の解釈の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二、第二<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例